どうせ死ぬのになぜ生きるのか
なぜ恵まれた生活をしていても私たちの心の中に不安があるのか。それは、私たちがある一つの問いに答えていないから。それは、どうせ死ぬのになぜ生きるのか?です
☆悩みや不安は繰り返し襲ってくるという性質を持っている→問題を解決したところで何度も似たような問題に悩むことになる
仏教での四苦→生、老、病、死
☆仏教の利点→仏教はこうすればよい、という実践の指針を持っている
現在の科学は、世界はこんな風にできていると説明してくれるもので、こんな風に生きたらよいと指針は示してくれていない
『行』について→どんな効果があるのか?意味があるのか?とかは考えず、ただやればよい。やるだけで良いこと(利益)があるよ、という行い
行には実利は書かれていない。しかし、そもそも人はプラスアルファの動機付けで行動しない。なので理由などは取合えず置いておき、とりあえずやることが重要
☆分からないままただやる、ことによって私たちは、言葉で説明できる限界を超えることができる→効果や意味を言葉で理解してしまうと、その体験を縮小してしまう
真実をつかむためには色眼鏡を外す方法が必要→理屈や論理の中ではなく言葉を超えた現実の中にある
☆西洋心理学では心を自我や無意識など性的な形や構造で説明しようとする
☆仏教では固定的な実態ではなく、一瞬で変化し続ける運動であると定義する→心とは瞬間ごとに変化し続ける運動である
行とは荒れ狂う心を鎮めるために何千年もかけて磨かれた方法→怒りに気づき、静める
怒りに気づくだけで、怒りは少し静まる
心の基準点を作っておく→心は変化し続けるからこそ、基準となる場所が必要
☆自意識を持つ人間は、今や未来に紐づけられた今を見ている→自意識を持てない動物は今、ここだけをみて生きている
名越康文
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