種の起源 (まんがで読破)
産業革命の影響で科学が一気に発展し、人々は思想の中心であった神や宗教に頼らなくなった
ダーウィンの家系は医者で祖父は医師でありながら学者でもあった
二十代半ばの時に3年かけて世界一周できる機会に巡り会えてダーウィンの基盤を作った
氷河期という考え方が広まったのは1830年頃。それまでは神の作った自然の形が変化するものではないと考えられた→そのため、化石の存在は謎に包まれていた
世界は聖書をベースに考えられてきた。そのためニュートンなども最初に登場する人物から逆算して考えて6000年くらい前の話だと考察していた
ダーウィンは世界一周を通して、化石と現代の生き物との繋がりを考え、アンデスの標高高くで見た地層の貝の化石を見て聖書の内容と違い地球はもっと長い年月をかけて地面が隆起したなど確信に至り、それなら生物も同じく長い年月をかけて変化したと考え始めた
そしてガラパコス諸島にて、様々な同じ生物であり、島によって特徴を変えた同じ動物を見て生き物は長い年月をかけて進化したのだと確信に至る
旅は5年間続いた→世界各地の剥製や化石など送り続けてイギリスの学者の間で話題になった
帰国後進化の仕組みを調べるため鳩の交配実験など始めた→それまで色んな鑑賞ハトがいたけど創造論により固有のハトが個別に存在すると思われていた→しかし、3世代目の交配で元になったハト(カワラバト)の特徴が確認できた
人口原理に関する本を読み、人口は雪だるま式に増加するが食料は一定にしか増加できず、それによって貧困や争いが生まれると知った→これを野生の動物たちにも当てはめ、生存競争に有利な個体が残っていったとら導き出した
進化論を発表する前から、5年間の公開日誌の研究や記録により一定の知名度は得た
20年の期間をかけて種の起源を出版→多数の批判の中に、支持する意見も多くデータや資料が提供させて五度改定を行なった
科学の進化論と、宗教の創造論の論争は何度も行われて、それにより知名度が上がり、大衆文化までに広がって、科学と宗教の両立と分離を普及していった
10年後ダーウィンも種の起源であえて触れなかった人類の進化についての2冊を出版
☆進化論は劣るものから優れたものへと進むことではなく、環境に応じてランダムに種ごとの差異が生まれる現象のこと
進化と進歩は別物。つまり、退化も進化の一つ
化石に関する謎→カンブリア紀から原生の生物の基礎設計を持った化石生物が突如出揃った現象
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